東京農業大学 クラブサークル紹介


農友会体育団体

山岳部

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年間の活動は、新入生は4月に入部以降、日常のトレーニングは近くの馬事公苑や砧公園や多摩川までランニングを主体に行い、さらに登山の知識を部室生活において上級生及びOBから学ぶ。4、5月の連休には歓迎合宿を雪に覆われた新潟県の八海山もしくは巻機山などで行い、慣れない雪山に戸惑いながらも楽しい初体験を味わう。その後5月は三ツ峠での岩登り訓練、6月の穂高岳涸沢では雪と岩の山行を1週間にわたり経験する。夏山合宿では剣岳で登攀を行い、その後槍ヶ岳までの長期縦走を終えるころには新入生も一応の山男に成長している。秋山合宿や富士山での雪上訓練を終え、年末と春は部の総決算として冬山合宿、春山合宿を厳寒の北アルプスで実施。これらの経験を3年間積み、4年生になる頃には一人前のリーダーとなる。新入生も一年を終えるころにはすでに岳人として自立し始める。この間に個人山行やジムに通いフリークライミングを楽しんだり、他大学の山岳部とも積極的な交流を行い、幅広い交友関係を作っている。 

これらの具体的な指導は若手OBが熱い情熱を持って献身的に後輩学生にボランティアでコーチとして部室でのミーティングから合宿へも参加している。学生とOBが一体となって山岳一家を構成し、厳しい自然と対峙しつつも、頼もしく且つ楽しい仲間をもつ我が山岳部である。

山岳部は、合宿として部員全員で行う山行が、年間9回ほどある。活動内容は、縦走・アルパインクライミング・冬山登山・冬期登攀・アイスクライミング・フリークライミングなど多岐にわたり山の総合的な力を養い、海外登山を目指している。

部の歴史

我が部は、創立を76年前の大正13年(1924年)に遡る長い歴史を有する部である。この間に一貫してスポーツ登山であるアルピニズムを追求実践してきた。
 戦前から北アルプス等の高峻山岳で登山活動を実践し、奥穂高岳ジャンダルム飛騨尾根(1939年〜1940年)や明神岳東稜(1927年)の冬期初登攀を行っている。また戦前の山岳部はアカデミック性を発揮し、北千島に調査隊を送り出し貴重な報告書を残している。
戦後は北アルプス等での経験を積み重ね、1962年にはヒマラヤ(ネパール国 トゥインズ峰7.350m)に当時として先進的な遠征隊を送り出した。その後OB会を中心に海外登山を実践し、ヒマラヤやアンデスに多くの登山隊を送ってきた。これまでにOBが登頂した八千m峰だけでも、ナンガパルバット(8.126m)、ブロードピーク(8.051m)、ガッシャーブルム(8.035m)、K2(8.611m)、マカルー(8.463m)、カンチェンジュンガ(8.586m)、チョーオユー(8.201m)とヒマラヤの巨峰の登頂を成し遂げている。

活動方針

山岳部の活動は、山岳という自然を相手に行われるもので、競技者同士で行われる通常のスポーツとは精神的にも具体的な活動についても異なっている。しかしながら、人間の文化的な視点から共通のルールを持って行われることは通常のスポーツと同一であると考える。
自然の中で行われる活動の結果は、その良悪にかかわらず本人の自己責任に帰されることから、登山活動は青少年の人格形成と友情を育むことに大きな成果があると言われている。高峻山岳における成功は頂上踏破であれ、岩壁や氷壁の登攀であれ、計り知れない大きな満足を与えてくれるものである。自然は大きな満足を与えてくれる反面、厳しい試練を課してくるものである。山岳を安全に楽しんで山行するために、段階的な真面目な基礎訓練を行い、強靭な精神と技術・体力の涵養に努めている。

指導体制・主将・部員

所属団体 社団法人 日本山岳会学生部
指導体制 部 長  麻 生 恵(造園科学科 教授)
監 督  安 済  共(OB)
コーチ   
山 村 武 史(OB)
中 洞 拓 人(OB)
高 野  優 (OB)
水 口 佳 祐(OB)
内 田 龍 也 (OB)
西 出 広 平(OB)
長 谷 川 新 平(OB) 
淀 川 裕 司(OB)
岩 附 正 樹(OB)
主将・部員 井上峻太郎

部費・部員数・活動場所

部費 0円
部員数 男3人 
活動場所 部室:常盤松会館3階
トレーニング場所:馬事公苑、砧公園、多摩川、クライミングボード、PUMP2 など

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