長和町だより
(食料環境経済学科山村再生プロジェクト)

脱穀しました

7月18日に刈り取った麦を、29日に脱穀しました。
 水分比はすでに12.8%、次回の実習(8月9日から)まで待っては品質が低下してしまうからです。
 収量は約30?。若葉をシカにつままれたり、大雨で冠水したりしながらもなんとかモノになりました。
 これで信州の粉物の代表、うどんやおやきの実習ができます。よかったヨ〜。

峠道

旧中山道の峠道は所々で今の道路に分断されていました 。今の道も昔と同じあたりを選んで作られたんですね。でもそのためゴミがいっぱい捨てられるんだそうです 。6月実習でその道のゴミ拾いをしたことがありました 。途中で「ゴミ無し地蔵」さんがありました。これはカラマツの間伐材を使って地元の方が造ったお地蔵さんです 。眉間に黒曜石が入ってました。このお地蔵さんが出来て、ゴミが少し減ったそうです 。峠を下りて、宮下先生が集めておいてくれた葉っぱを使ったレクチャーを受けました。おんなじ木でも場所や標高で葉っぱの形が違うことがわかりました。宮下先生には自家栽培のキュウリを沢山いただきました。お弁当と一緒に食べたキュウリは美味しかったです。
 ほんとにいろんな事を教えていただきました。宮下先生、勝見先生、ありがとうございました。
 追伸:帰りの道も混んでいて、大学まで6時間ほどかかりました
 

勉強の2

和田峠の文化財についても、勝見さんに教わりました 。現存数がチョー少ない一里塚のこと、永代人馬施場のこと、殉職した警察官のこと・・・。峠道には悲しいこともあったのですね 。それから江戸時代は中山道を維持するために和田地区の人たちがかり出されたこと、その仕事は春も夏も、秋も冬もあり、大きな行列の場合は和田地区だけでなく近くの村からも動員されたそうです 。バイト代(なんて言うのか判らないので)は出なかったようです 。面白かったのは「こんな急坂をお姫様や殿様は駕籠に乗って登ったのですか?」って質問に宮下先生は「オンブされたのじゃないかな」って意見で、勝見さんは「駕籠で登ったと思います。駕籠を担ぐ前の人は背が低くて後ろの人は背が高い人が担いだんじゃないかな」で、先生は「馬に乗ったんじゃないかな」っていろんな意見がありました。そういえば時代劇でもそう言うシーンは出てこないしね

勉強

峠を下りながら、宮下先生にいろいろなことを教わりました 。「カラマツ」がなぜ多いか、今どういう問題があるのか、「ミズナラ」と「コナラ」の育つ標高の違いや植生分布、「マタタビ」、「ヤマブドウ」・・・・、峠の道は自然の宝庫でした 。四枚目の写真は「野麦」です。あの「野麦峠」で有名な野麦だそうです。 にはなりそうもありませんでした

お参り

みんなでお参りしました 。みんないろいろなことをお願いしちゃったようです。(「 」が成就しますように) とか(「新しい 」や「 」ができますように) とか・・・・。不謹慎だったかな〜 。私の は・・・秘密です 。みんながいろんな事をお願いしたので、御嶽山も困ってたかも ・・・。 お参りの後は和田峠スキー場跡をおりていきました。途中には一昨年春に農大の先輩達が植えたレンゲツヅジがありました にも にも にも にも負けずに、それから にも食べられずに、がんばって育ってました。

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