パエリアの会
(オホーツク俳句サークル)

天才

並はずれた才能は自然に表れてくる、という言い方を
聞いたことがあります。

しかし、そうなのかな?
とも思います。

ベルンにはアインシュタインが住んだ家が保存されています。

彼はユダヤ系ドイツ人としてドイツで育ちましたが、
中学から高校に進むときに、
職業高校に対する、大学進学者向けの学芸高校(ギムナジウム)に
進むことができませんでした。
つまり、数学や物理はできても、全般的にできる生徒ではなかったので。

それで、スイスに移住してきて、小さな町のギムナジウムに
入れてもらって高校を卒業しました。

そして、チューリヒ工科大学物理学科に入学します。
そこには、まあ、当時卒業しても職があまりないことから、
学生が4人しかおらず、そのうちの3人は優秀ということで
卒業と同時に大学助手に採用されました。
しかし、アインシュタインは採用されず、ベルンの市役所付きの
特許事務所に勤めることとなりました。

ここはいってみれば閑職だったようで、
それが実は彼にはよかったのです。
そこでおよそ5年間の間に
相対性理論を含めて、どれ一つでもノーベル賞に値するという
論文を3つ書いたそうです。

こうして彼の才能は世に知られるようになったわけです。

ここで想像してみますと、ドイツの高等学校は
彼を拒否したわけですが、周りに彼の才能を認める人が
いて、スイスへの転出と、そこでの入学を世話したと
思われます。これも複数の人々でしょう。

またチューリヒ工科大学で助手になれなくて
おそらく就職試験で旨く面接できるタイプでは
なかった彼を、なんとか安定した職につかせたことには
何人もの人がサポートしたのではないかと
推測できます。

きっと彼は数学馬鹿とか物理馬鹿というような青年だったのでしょうが、
それでも愛すべきところがあったのでしょう。

そして忍耐強く、また楽観的だったのかも。




30時間の移動

研修スイスチーム20名は成田空港で朝解散。
しかし女満別組にはまだ旅が続きます。

荷物をもって羽田空港に出て、女満別空港に
ついたのはバーゼルを出てから30時間後。

さすがに疲れました。
学生さんたちはあまり疲れていないみたいです。

成田に無事帰着

チューリヒ空港からドイツ・フランクフルト空港に飛び、
成田行きに乗り継ぎです。
フランクフルト空港は広くて大変です。

あっという間に2週間。元気に成田に着きました。

朝6時半出発

帰国の日は朝6時半にバーゼルヒルトンを出発。
バスでチューリヒ空港に行きました。

朝食はヒルトンのランチボックスならぬブレクファストボックス。
やたら立派な箱にはいっていましたよ。

空には朝焼け雲が。
 
朝焼けの飛行機雲も旅の果   paella

至福のとき

スイス研修は質実剛健の研修で、
移動には公共交通とそれから、歩きが沢山ありました。

藤森先生は大変だったと思いますが、
この最後の晩餐での御機嫌ぶりですと
まあ無事すんでよかったです、と結論しましょう。

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