アンダンテ
(管弦楽部)

ライブラリアンの独り言

 ライブラリアン役員、のっち がお届けする「ライブラリアンの独り言」。今回は特別編です。テーマは“古典芸能”です。
 
 古典芸能と言っても様々です。雅楽、能、歌舞伎、文楽、日本舞踊、邦楽、落語、講談などです。
 
 さて、皆さんは古典芸能をどのように感じていますか? 「堅苦しい」や「難しい」などと、敷居が高く感じている方も多いかと思います。
 しかし全てが全て難しいなどということはありません。落語や講談はもちろん現代の言葉で演じられますし、文楽は台詞の字幕が舞台の脇に表示されます。意外と専門知識がなくても楽しめるのです。
 
 まずは歌舞伎です。
 歌舞伎は言わずと知れた日本の伝統芸能かと思います。最近ではテレビドラマ「半沢直樹」の影響で、歌舞伎に興味を持つ方も増えたそうです。
 歌舞伎の演目は時代物が多いですが、現代ものや漫画作品、アニメ作品などを歌舞伎化したものもあります。
 スーパー歌舞伎兇任蓮屮錺鵐圈璽后廖⊃刑邁良餞譴任蓮◆NARUTO」や「風の谷のナウシカ」が公演されました。
 また三谷幸喜氏が脚本・演出をした、喜劇要素の取り入れられた「決闘!高田馬場」などの作品もあります。
 最近は映画館で観る「シネマ歌舞伎」というものもあります。「シネマ歌舞伎」の良いところは、歌舞伎作品を2時間程度にまとめられている、高画質で見せ所をアップで観られる、など普段の映画のように歌舞伎を楽しめます。
 歌舞伎を気軽に観る方法は2つあります。一つは「シネマ歌舞伎」、もう一つは「一幕見席での鑑賞」です。一幕見席とは歌舞伎座4階にある席で、一幕だけの鑑賞などで安く気軽に観られる席です。(*ただし、公演によっては一幕見席の販売が無い場合もあります。)
 皆さんもぜひ気軽に歌舞伎デビューしてみてはいかがでしょうか?
 
 次は落語です。
 落語を演じるのは落語家と呼ばれる方々です。落語家といえば、故 桂歌丸師匠や故 5代目三遊亭圓楽師匠、春風亭一之輔師匠や林家たい平師匠を思い浮かべる方もいらっしゃると思います。
 実は東京農業大学にゆかりのある落語家の方もいらっしゃいます。5代目春風亭柳好師匠です。この方は農大落語研究会に所属されていたそうです。笑点にも何度か出演されているのでご存知の方もいらっしゃるかと思います。
 落語の噺は様々なものがあります。噺の舞台は江戸から明治・現代まで、内容は滑稽ものから人情ものまで様々です。そして一番面白いのは、同じ噺でも落語家さんによって多少の差異があるところです。その時の流行り文句や時事にまつわる文句が登場するなどのアレンジがあります。
 落語は寄席と呼ばれる場所で日常的に演じられています。東京では新宿末廣亭や国立演芸場、大阪では天満天神繁昌亭、などがあります。
 寄席では落語の他に、講談や漫才、太神楽、曲芸などが演じられています。寄席では 落語→漫才→落語→落語→講談→太神楽→落語 と、このように交互に様々なものが演じられます。このため、ずっと居ても飽きる事がありません。
 ぜひ時間に余裕がある時に寄席に足を運んでみてはいかがでしょうか。笑いは元気の源です。
 
 
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学生指揮者の練習日誌 

こんにちは。トランペットパート所属、令和2年の学生指揮者です。

ここ最近はもう寒くて寒くて、布団から出られない生活が続いております。


前回から引き続き、

交響曲第2番「四つの気質」作品16/カール・A・ニールセン 第3楽章、第4楽章

の紹介をさせていただきます。


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第3楽章 Andante Malincolico
『「陰気で憂鬱な男」重々しい弦楽器の下降型から開始される第3楽章は、憂鬱質を表す"Malincolico(マリンコーリコ)"の楽章になります。』

第1楽章では、主人公の短気で怒りっぽい様子と、それに対する苦悩が描かれていましたが、第3楽章ではまた別の苦悩が表現されています。
楽章全体が重々しくどんよりした雰囲気に包まれていて、いかにも憂鬱!という感じです。

序盤、すぐに表れるオーボエの旋律をニールセン自身は「悲しみに溢れた短い溜息」と称していて、この旋律は後に様々な楽器へと引き継がれます。
憂鬱の感情はオーケストラ全体のクレッシェンドとともに次第に拡大し、最大まで達したかと思うと、今度はゆっくりと収束してしまいます。

収束するとこれまでとは少し雰囲気の違った、暗くもなく明るくもない非常にあいまいな曲調の部分へと移行します。
ニールセンはこの部分を「諦観」と呼び、苦悩に対してあきらめの境地に達した主人公の姿を描いているとのことです。悟りを開いたのでしょうか…?

「諦観」部分までも収束し静寂に包まれたかと思うと、突如冒頭の主題がより強く再現され、そのまま苦悩の絶頂に至るかのような激しいクライマックスが現れます。(悟りを開いたはずが…)
ここでもまた憂鬱が最高潮に達すると、徐々に落ち着きを取り戻し苦悩から浄化されたかのようにまた静かに収束し幕を閉じます。


第4楽章 Allegro Sanguineo
『第3楽章までの雰囲気とは一変し、これまでになく軽快で溌剌とした曲調は、まさに多血質を表す"Sanguineo(サングイネオ)"の音楽』

第1楽章、第3楽章はどちらも暗く、第2楽章も起伏のない平坦な曲調。
お世辞でも明るいとは言えなかったこの楽曲の印象を一変させるのが、この第4楽章です。

明るくユーモアを持ち、思い付きで行動し、気分や印象に左右されやすいが、感じがよく優しい人が多い、というのが多血質の特徴です。
その性質が表す通り、第4楽章では冒頭から飛び跳ねるような旋律と伴奏が現れます。
第3楽章から立て続けに聴くと、そのテンションの違いにびっくりせざるを得ません。

しかし今までの楽章の紹介から予想がつくと思いますが、この楽章もただ明るい主人公を描いているだけではありません。
ニールセンによると、そんな怖いもの知らずな主人公にも「何かが彼を怯えさせる瞬間」があるというのです。
その「何か」が突然訪れるのが第1主題の終わり、オーケストラ全体で奏でられるシンコペーションのリズムが特徴的な部分であると言われています。
まさに彼の驚いた声がこだましているような印象を受ける部分です。

第1主題まででひとしきり騒いだ後、「何か」に驚かされた主人公は第2主題においてちょっぴり元気をなくしたのか、第1主題と比べると四分音符を主体とした少し落ち着きのある曲調になります。
しかし、そんなことでは主人公の陽気な性質が消え去ることはなく、第2主題の途中から現れるトランペットのスキップ型のリズムを契機として、旋律にも軽やかさが取り戻されてゆきます。そして少しの休符の後、力強く第1主題が再現されます。

第1主題の再現が終わると楽曲のテンポは急激に遅くなり、すこし怪しげな曲想を持った部分に移行します。
初めてこの楽章を聴いた際には、主人公に突然何が起きたのかと心配になりましたが、この部分は主人公が珍しく、冷静にじっくりと考え瞑想している様子が描かれているそうです。

この部分が終わると、曲は再び陽気さを回復し行進曲風のコーダへと突入します。
このコーダでは、陽気さはあれど第4楽章冒頭の跳ねるような軽快さはなく、むしろ重厚感が加わった力強いものへと変化しています。
冷静に自分を見直し自身に溢れた主人公の威厳に満ちた様子を表したコーダとなっています。

第4楽章は比較的単純明快な曲ですが、細かい動きがとても多くテンポも速い曲であったため、この楽曲の第1楽章と同じくらい練習に苦労していたイメージがあります。部員の皆さん本当にお疲れさまでした。


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第113回定期演奏会で演奏予定であったプログラムを紹介してみると、やはり今までにないくらいクセのある、しかし魅力的なプログラムであったのではないでしょうか。
定期演奏会という形でお聴かせすることが叶わなかったのは残念でしたが、この今までになりプログラムに取り組んだことは決して無駄ではないと考えています。
幻となった第113回定期演奏会の経験を糧として、これからの活動がより良いものになっていくよう、部員一同尽力していきたいと思います。

これからも農友会管弦楽部をどうぞよろしくお願いいたします。


東京農業大学 農友会 管弦楽部
令和2年 学生指揮者

学生指揮者の練習日誌 

第3回までお付き合いいただきありがとうございます。
トランペットパート所属、令和2年の学生指揮者です。

この連載(?)記事を書き始めた時期は8月だったのですが、いつの間にか今年もあと数日ということで駆け足で紹介文を書いています(汗)
(ブログ更新係さん駆け込み投稿ごめんなさい!!)

今回は

交響曲第2番「四つの気質」作品16/カール・A・ニールセン 第1楽章、第2楽章

の紹介をさせていただきます。


まず、作曲者の紹介です


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カール・A・ニールセン

『ニールセンはデンマークの農村地帯、ペンキ職人の父のもとに生まれた。兄弟が12人で生活は大変貧しいものだったが、音楽の趣味があり、6歳から父の手ほどきでヴァイオリンをはじめ、楽団に入った。1884年、デンマーク音楽アカデミーをヴァイオリンで受験するも不合格であったが、作曲家のゲーゼに作品を見せることにより、作曲科に合格。ヴァイオリンの技術とともに音楽理論を学んだ。1889年王立劇場オーケストラのヴァイオリン奏者となり、オーケストラ活動を開始する。』

前回も申し上げた通り、ニールセンとゲーゼは深く関わりがあります。しかし、ニールセンはゲーゼを友人としては好んでいたが、ゲーゼの音楽性は好みではなかったという話もあります。
2人の音楽性がどれほど違うものであったかは、前回取り上げたゲーゼ作曲の交響曲第1番と、今回取り上げるニールセン作曲の交響曲第2番を聴き比べるだけでも明らかになると思います。
この交響曲第2番「四つの気質」は、題名通り人間の四つの気質を描いています。
ニールセンはこの楽曲を作曲するにおいて、田舎の居酒屋で見かけた絵から着想を得ています。


第1楽章 Allegro Collerico
『"Collerico(コレリーコ)"とは、胆汁質を表します。ニールセンが見た絵の男は、馬にまたがり、手には長剣を持ち、虚空を荒々しく切り裂き、目は顔から飛び出そうなほど大きく見開かれ、その形相は怒りと憎しみに満ちていた、と言われています』

胆汁質とは、短気で怒りっぽい性格のことを表しています。
その名の通り、第1楽章は叩きつけるような強烈な和音から始まり、楽章全体が暗い雰囲気で占められています。
しかし怒っているような激しい曲調がずっと続くわけではなく、ところどころに落ち着きを取り戻したかのような曲想を持った部分が挿入されます。
これはこの楽章の主人公である胆汁質の男が、自分の短気な性質に苦悩し嘆いている場面であるとも言われています。

第1楽章は、主人公が激怒している激しい曲調と、その性質を嘆いている穏やかながらも悲しい曲調が交互に顔を見せながら進行していきます。

注目すべきは楽章中盤、低音部の弦楽器群から八分音符の跳ねるような旋律が聴こえてきたら、主人公の怒りの感情がもうすぐそこまで近づいていると思ってください。
八分音符のメロディーが高音部の弦楽器まで波及し、旋律のリズムが16分音符へと細かくなった直後、主人公の怒りは最高潮へ達します。
激怒の旋律を担当するのは我らが金管楽器、宴会時の声のボリュームには誰にも負けない当部金管部員たちの腕の見せ所となるはずであった箇所でした!

再現部へと突入し、前半よりも大きな苦悩の様子を覗かせた後、コーダへと移行します。
短気な性質に苦悩していた主人公は、どのような結末を迎えるのでしょうか?
第1楽章のみであっても、一見ならず一聴の価値ありな楽曲です!


第2楽章 Allegro comodo e Flemmatico
『穏やかな落ち着いた音楽である第2楽章が表す気質は、"Flemmatico(フレマティコ)"すなわち粘液質を表します。』

第1楽章とはうってかわって、第2楽章で演奏されるのはほとんど起伏のない穏やかな音楽です。

粘液質というといまいちイメージがしにくいですが、聴いて分かる通りあまり物事に動じず、良く言えば冷静、穏便、悪く言えばめったにやる気を起こさない性質を持った男が、この楽章の主人公になります。

穏やかな曲調が続くこの楽章にも、ひとつだけ雰囲気が変化する部分が現れます。
曲が後半に差し掛かる直前、ティンパニが奏でるフォルテシモの一打から、高音部から下降していく旋律が木管楽器を中心に奏でられます。
これは一説によると主人公が眠気に襲われてうとうとしているときに、突然大きな物音で主人公をびっくりさせてしまったシーンではないかと言われています。

ただしかし、粘液質の主人公はそんなことでは動じません。ちょっとびっくりしたかと思えば、また元通り。何事もなかったかのように、穏やかな曲調に戻りそのまま曲は終わりを迎えます。

何事にも動じない性質、個人的にはとてもうらやましいです。
僕も自分がソロを担当するときだけ粘液質になりたいです。


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この楽曲は標題音楽ではないとされるのが一般的なのだそうですが、各楽章にはそれぞれモチーフとなる「気質」が当てはめられているため、他の曲より曲の場面ごとに感情やストーリーが想像し易く、全体の表現を一つに整えていくのが楽しかった思い出があります。
(標題音楽:音楽外の文学、絵画、情景やイメージなどと結び付け、描写した音楽)

最終回は、第3楽章、第4楽章の紹介になります!

学生指揮者の練習日誌

こんにちは。トランペットパート所属、令和2年の学生指揮者です。


前回から勝手に書かせて頂いております曲目紹介&練習裏話ですが、今回は
交響曲第1番ハ短調 作品5/ニルス・W・ゲーゼ 第3楽章、第4楽章
の紹介をさせていただきます。


とその前に、第1回で失念していたのが、作曲者の紹介です。

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ニルス・W・ゲーゼ

『ゲーゼはデンマークの作曲家。また作曲家のほかに指揮者、音楽教師として北欧諸国の音楽界の近代化に貢献した人物である。コペンハーゲンの楽器製造業の家庭に生まれ、幼少期ヴァイオリンに親しんだ。17歳でコペンハーゲンの王室オーケストラでヴァイオリン奏者として活動を開始。
1842年、初の交響曲を作曲するも、コペンハーゲンでは演奏が拒否された。しかし、これをドイツの作曲家メンデルスゾーンに送付したところ受け入れられ、1843年、メンデルスゾーンの指揮でライプツィヒで初演された。それをきっかけにゲーゼ自身もライプツィヒの音楽院の教師として進出。1850年からはコペンハーゲン音楽協会の指揮者に就任。1866年からは同地の音楽院で院長として教鞭をとり、後にグリーグやニールセンらに影響を与えた。』

第113回定期演奏会で演奏予定だったもう1つの楽曲の作曲者である、ニールセンにも影響を与えた作曲者のひとりが、このゲーゼだったのです。



第3楽章

『冒頭から美しい旋律がオーボエの独奏により提示されます。第2楽章までの劇的な音楽から打って変わって終始穏やかに演奏される第3楽章では、オーボエからヴァイオリン、フルート、チェロと様々な楽器が美しい旋律を優しく歌い上げます。』

この楽章の練習風景を語るうえで欠かせないのは、ヴァイオリン奏者からオーボエ奏者へ華麗に転向してみせたオーボエパートの現3年生くんでしょう。
何を隠そう、この第3楽章は彼のソロから始まります。練習前のチューニングの「ラ」の音の演奏だけでも緊張してしまう彼にとっては、この楽章のプレッシャーは計り知れないものであったでしょう。
そんな彼のために、緊張対策として練習後期では「指揮台に立ってみんなの前でソロを吹いてみようの会」の開催を予定していたのですが、実現することはありませんでした…

さて、交響曲における「緩徐楽章」と呼ばれる楽章にあたるのが、この第3楽章です。
夜に聴いたら安眠効果抜群な優しい雰囲気の曲ですね。
このようなゆっくりな曲は楽譜に書いてある音を出すだけなら比較的簡単なことが多いのですが、しっかりとした内容のある「曲」として聴かせるためにはかなり隅々まで気を使う必要があります。
聴いている側はリラックス出来ますが、奏者はそうはいきません。

よく練習で「速い曲では手を抜け、遅い曲では手を抜くな」と口にした覚えがあります。
「手を抜く」というのは、何も考えず雑に演奏しても良いという意味ではありません。速い曲では次々と音が襲い掛かってくるので、気を張りつめすぎるとテンポが崩れたりと、アンサンブルが崩壊しやすくなります。つまり手を抜くというよりは、適度に脱力して演奏に臨んでくださいという意味合いです。(適度に、というのが重要です!)

一方ゆっくりな曲では、手を抜くとすぐにわかります。音の長さが少しだけ短かったり長かったり、音程が合わなかったり、ましてや音を間違えたりしたら1発アウトです。なのでこうした「緩徐楽章」では、1音1音集中して演奏する必要があります。
指揮者無しでもぴったりと合わせられるくらいの奏者同士の連携が必須です。


この曲の「緩徐楽章」では、ゆったりとした旋律だけでなく3連符を主体としたフレーズもところどころに顔を見せます。
最初はチェロのみに登場し、いずれヴァイオリンへと引き継がれます。感情を込めずにはいられないフレーズですね。

中盤にはホルンが演奏する旋律も現れます。たった3つの音しか使わない単純な旋律なのですが、曲全体が静かな雰囲気に包まれている中で、自分が失敗したら旋律が消えてしまうという重圧はかなりのものだったと思います。

このように比較的簡単そうに聴こえる「緩徐楽章」の演奏時には、奏者は出す音すべてに集中し、緊張感の中丁寧に演奏しています。機会があれば、演奏者の顔や仕草にも注目してみると面白いかもしれません。



第4楽章

『ティンパニの激しい連打と、金管楽器の力強いハーモニーにより華々しく最終楽章の幕が上がります。』

待ってましたと言わんばかりのティンパニの連打!!
金管楽器のハーモニー!!

そして第4楽章の主題が演奏されますが、これまたテンポが速いです。しかも、第1楽章と違って落ち着く暇がありません。最後まで駆け抜けます。さらには第1楽章冒頭で提示された主題も登場します。
やはりこの曲の締めくくりには、この第4楽章しかないでしょう。

このような曲の楽譜は、2分の2拍子で書かれていることが多く、普段ピアノの楽譜やスコアの混雑した楽譜を見慣れている僕にとっては逆に見にくかったりします。楽譜をめくってもめくっても白玉音符(2分音符)ばっかりで、どこを演奏しているのかたまにわからなくなりませんか…?
金管楽器や打楽器は休みも多いので、小節数を数えるだけでも一苦労です。さっさと曲を覚えてしまうのが吉です。

あろうことか中盤でさらに加速する箇所があり、1小節が1拍に感じられる速さにまで達します。第4楽章の主題の一部がカノンのように次々と演奏されるような曲調なのですが、これも初合奏時は大苦戦でした。曲を覚えていても急速に進んでいく音符に取り残されてリタイア続出…!いつの間にか元のテンポへ戻る部分にたどり着いていて、練習場は大混乱でした。

コーダにも第1楽章冒頭の主題の一部が登場し、幕を閉じます。
このフレーズ、童謡「メリーさんのひつじ」の「メリーさんの」までの部分と似ています。私はそれにしか聞こえないなあと思いながら練習に取り組んでいました。
この曲が抵抗感なく素直に心地よく聴けるのは、多くの人にとって不思議と身近に感じられるフレーズが多く盛り込まれているからでしょうか。
実際に演奏会で演奏してみたかった楽曲でした。

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このブログ、スマートフォンで閲覧すると横幅が狭く僕の記事だけ異常に文章量があるように見えて少し恥ずかしく思っています。
伝えたいことを簡潔にまとめる力も必要であると痛感しています。


次回は2曲目に演奏予定だった、

交響曲第2番「四つの気質」作品16/カール・A・ニールセン 

の紹介を、また気楽に雑談を交えつつ行いたいと思います。
この曲、なかなかに曲者です。曲だけに。

ライブラリアンの独り言

 ライブラリアン役員、のっち がお届けする「ライブラリアンの独り言」。第7回のテーマは“BGMとクラシック”です。
 
 前回(第6回)では“BGMをオーケストラからみる”というテーマについて書きました。
 今回は“BGMとクラシック”と題して、組曲などに編曲されクラシック音楽として演奏された作品を見ていきたいと思います。
 
 その例として有名なものの一つに、映画「スターウォーズ」シリーズがあります。スターウォーズのテーマは一度は聴いたことがあると思います。
 スターウォーズシリーズの楽曲はいくつもの組曲が作られました。一番代表的なものは、エピソード4(第1作目)とエピソード5(第2作目)の楽曲からなる「スターウォーズ」組曲 です。
 他にも、エピソード7(第7作目)の楽曲からなる「スターウォーズ エピソード7/フォースの覚醒」組曲や各エピソードの組曲など、多数の譜面が出版されています。
 「スターウォーズ」組曲 の演奏CDで有名なものと言えば、Z.メータ/ロサンゼルス・フィルハーモニック のものなどではないでしょうか。
 ちなみにこのCDでは、G.ホルストの「惑星」組曲 と共に「スターウォーズ」組曲 が収録されています。
 
 日本の映像作品のBGMも紹介します。
 有名なものは、故 伊福部昭作曲「SF交響ファンタジー」です。
 この曲は第1番から第3番まであり、それぞれ伊福部氏が作曲したSF作品の楽曲を本人がまとめたものです。第1番と第2番では映画「ゴジラ」シリーズに登場した楽曲中心、第3番では「キングコング」シリーズの楽曲中心になっており、それぞれ10曲程度が切れ目なく演奏されます。
 第1番には有名な「ゴジラ」のテーマや、映画「宇宙大戦争」に登場する通称“宇宙大戦争マーチ”と呼ばれている楽曲などが含まれており、これらは映画「シン・ゴジラ」にも登場します。
 ちなみに映画「シン・ゴジラ」には、伊福部氏の楽曲が8曲登場します。この8曲全てが何の楽曲かわかる方は、SF作品通か伊福部通のどちらかではないでしょうかね。
 
 次は交響曲化されたものを紹介します。 故 羽田健太郎作曲 交響曲「宇宙戦艦ヤマト」です。
 「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌は今や海外でも知られています。この「宇宙戦艦ヤマト」の楽曲を作ったのは、宮川泰(故人)・宮川彬良 親子です。
 この宮川親子の楽曲を交響曲化したのが羽田氏の交響曲「宇宙戦艦ヤマト」です。
 特徴として、3楽章ではソロヴォーカル、4楽章ではソロヴァイオリンとソロピアノによるドッペルコンチェルトがあります。
 初演は1984年 大友直人/NHK交響楽団でした。この時の逸話として、リハーサルの後に4楽章の終わり方が変更になったというものがあります。
 そして2018年8月に大友直人/東京交響楽団により、作曲者オリジナル版が演奏されました。
 「宇宙戦艦ヤマト」は交響曲より前に交響組曲も作られました。これは宮川泰本人の作曲編曲により作られたもので、知名度の高い作品です。
 
 さて特撮作品の組曲化は他にも、特撮作品「ウルトラマン」の楽曲を編曲した 交響詩「ウルトラマン」、特撮作品「ウルトラセブン」の楽曲を編曲した 交響詩「ウルトラセブン」などもあります。
 また、イギリスの特撮作品「サンダーバード」も、第1話などの有名な話ごとに組曲が作られています。「サンダーバード」の楽曲に関しては元となるスコアが数十年間行方不明だったため、オリジナルスコアの演奏や編曲作品が少ないです。
 
 まだまだ沢山の紹介したい曲がありますが、長くなるので続きはまた別な機会ということで。
 
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